特集記事

オーストラリアVS日本の試合

August 31, 2017

 

サッカーの試合。

 

今日は、オーストラリア対日本のサッカーの試合日。

 

オーストラリアでサッカーの試合をよく見ていました。

 

その度に今でも鮮明に思い出すことがあります。

 

友達3人がオーストラリアのサッカーチームのセミプロの選手で、サッカーで選手として活躍しながら、大学へ通っていました。

 

3人の内の2人は、オーストラリア人で私の友達で、

 

あと、1人は、のちに日本からきた日本人(仮名:カズ)で、サッカーがよくでき、そのスキルも日本のサッカーチームから声がかかる程だったそうです。

 

それで、この日本人をセミプロで選手として活躍していた2人に紹介し、

 

後に、この3人はオーストラリアでセミプロの選手として活躍するようになりました。。あの日までは・・・。

 

私の責任だと今だに、後悔しています。

 

ある日、サッカーの練習を、私たち含めて30~40人くらいで近くの公園を使っておこなう事を決めました。

 

ちょうど、テストの時期も終わった直後で、皆すごく、疲れていましたが、

 

友達との時間を大事にする私たちは、少しでも一緒に何か楽しもうと言う思いで、サッカーをする事にしました。

 

私は、カズと一緒に遅れて、皆が既にサッカーを始めている公園へ行きました。

 

カズが疲れたぁ~っと、私も疲れたぁ~、と言いながら、二人でとぼとぼと歩き、公園へ到着しました。

 

その時、私はカズの様子をちゃんと見ていれば良かったのですが、

 

その時の寝不足と、課題の疲れとで、友達の様子も見る余裕がない中、

 

サッカーをし始めました。

 

男女混合で始め、皆、テストや課題の疲れもある中、気力でサッカーをしました。

 

こういった交流は、私たち、ブラザーやシスターとしての関係の中で、大事なイベントでした。

 

交流をすることで、お互いが、励まし合い、助け合い、自分一人ではない事を確認していました。

 

1時間半後、皆疲れが出始め、一人、二人と帰り始め、

 

しかしまだ数人が残ってサッカーをしているその時でした。

 

カズが急に、地面にばたんっと仰向けに倒れ。

 

最初は、疲れたのかと思い、見ていたら、、カズの身体が、息苦しそうに呼吸を大きくし始め、それに伴って、

 

もがくように、手を胸に当てて、抑えていました。

 

少し離れたところに立っていた私は、カズに近づき、大丈夫?と。

 

カズは、首を大きく振り、No! と声をやっと絞り出すように言い、

 

私は、’Are you ok? What's wrong?' (大丈夫?どうしたの?)と聞いても、カズは答えず、

 

ただただ苦しそうに、息を深くし始め、目を閉じて、手を胸に当て、

 

次の瞬間、助けて!マユ、と。

 

私は、すぐに駆け寄って、カズの横に座ったとたん、

 

カズは、私の服をがっとつかみ、小さな声を絞り出し、ごめんっ、ごめんっと言いながら、さらにその手に力を込めました。

 

その手の力が自分ではコントロールできないかのように、

 

強くつかんだまま、離しませんでした。

 

どうしたの?と聞いても、カズは苦しそうにするだけで、彼自身動けないままで、身体は硬直していました。

 

その状況で、残っていた親友たちもおかしいことに気づき始め、駆け寄って、マユ、どうした?と。

 

私は、分からない、でもカズがおかしい、と叫ぶと、

 

マユ、そのまま動くなと、一人の親友が言って、

 

私:どうすればいいの?

 

親友:いいから、動くな。

 

私は泣きそうになりながら、親友を見上げ、カズ、どうしたの?と聞きました。

 

そして、再びカズを見ました。

 

親友の一人が、横たわってのたうち回るカズを挟んで私の向かい側に座り、

 

おい、カズどうした?と、出来るだけ、静かな落ち着いた声でカズに話しかけました。

 

それに、答えられないカズ。

 

苦しそうにするだけで、何かに必死に耐えるかのように目を思いっきりつむっていました。

 

カズの私の服をつかんでいる手が一層強くなり、次第にカズは震え始めました。

 

カズは、少し目を開き、私に何か言いたげに口元を動かし、声にならない声で、

 

マユ、ごめん。。

 

息が、、、、、、、、息が出来ない。

 

 

・・・・・・・・発作、くるしい。

 

私はびっくりしました。

 

発作?何の?

 

その言葉をすぐに、周りに立っていた親友に伝えました。

 

カズが発作でくるしいって言ってる。

 

隣に座っていた親友が、カズをのぞき込み、

 

お前、もしかして、喘息?

 

カズは、かすかにうなずき。

 

薬は?発作止めの薬持ってるのか?

 

カズは、かすかに首を振り、苦しそうに身をよじり、

 

部屋にあるか?

 

カズは、口を大きく開けて、一生懸命息をしようとしているかのようでした。

 

そして、部屋、部屋、と声を必死に絞り出すように言いました。

 

 

 

 

親友が、おい、マユ、部屋どうやって入れる?と。

 

私はすぐにカズの彼女(仮名:サラ)に電話しようと、もう片方の手で自分のポケットの中の電話を探り、

 

電話の短縮を押し、親友に渡しました。

 

カズとサラは私の紹介で知り合い、お互いをカップルにしたのも私でしたので、当然二人の事はよく知っていました。

 

親友は電話を取り、サラに状況を話し、すぐにサラは来ました。

 

そして、サラは発作の薬が部屋にあることも知っていました。

 

それで、サラは親友の一人と車で一緒にカズの部屋へ行くことに。

 

その間、カズの意識は遠のいていくかのように、更に息苦しさを増したかのように、身体をねじり始め、

 

私は、必死になってカズを、生かそうと、カズの名前を呼び続けました。

 

カズ、カズ、起きて、カズ、息をして、カズ、、、どうしよう、カズが、カズが。。。。。。。

 

 

 

親友たちは、マユ、落ち着け、マユ、泣くな、落ち着けと、取り乱した私を落ち着かせようとしていました。

 

カズは、私に発作の事を言わなかったのです。

 

発作がすでに何度かあって、セミプロのサッカー選手になった頃から、その状況は悪化していて、発作の回数が増えたことも言わなかった。

 

なぜ言わなかったのか。。。

 

サラによると、セミプロでプレイできる事、マユに感謝してて、心配かけたくなかったとの事でした。

 

なんで・・・。

 

カズは、薬を普段持ち歩くこともせず、ほとんどない発作止めの薬を取り寄せる事もしていなかったらしく

 

大丈夫と言い続けていたらしいのです。

 

しかし、カズが倒れたこの状況で、自分の無力さと、無知である事の情けなさと、

 

カズの病気を知らず、サッカーチームに入ることを進めた後悔が、後からあとから出てきました。

 

この時、私なりにカズを必死に救おうとしていましたが、無力の私が出来る事は、カズの傍に居てカズが言う事を通訳する事だけでした。

 

 

親友の一人が、救急車に電話をかけていました。

 

また、カズが何かささやいてきました。

 

口元に耳を近づけると、

 

ごめん、マユ、と。

 

私は、泣きながら、

 

謝らなくていいから、今何も言わなくていいから、呼吸を整えて。大丈夫だから。と。

 

それと同時に、カズは大きく呼吸をし始め、そのリズムに合わせ、私も、吐いて、吸って、吐いて、吸って、言いながら呼吸のリズムを整えられるように助けました。

 

 

しばらく震えていたカズの体は、次第に落ち着き始め、

 

カズは意識を取り戻したかのように、落ち着いた顔をしました。

 

そして、私の服をつかんでいたカズの手の力は緩み始めましたが、それでもなお、

 

カズの手は、マヒしているかのように指先一つ一つが硬直しており、また体も動きませんでした。

 

しばらくして、カズの呼吸がかすかに落ち着き始めた頃、カズの目もようやく、開き始め、身体も少しずつ元に戻り始めました。

 

カズが何故私の服をつかんで離さなかったのか。

 

それは、発作の時に、何かつかんでいないと意識が完全に遠のいて、状態が悪化するらしいのです。

 

この状況は、時折、あったと、サラは後から言ってきました。

 

救急車が来る頃には、まだ、カズの身体は完全には戻っていなかったものの、意識は取り戻していました。

 

 

その日の夜、そして早朝、皆一睡もせず、サラからの連絡を待ちました。

 

サラのテキストはすぐに私の携帯に入ってきて、検査で時間がかかっている、との事でした。

 

そして、夜中の3時半、親友から電話がかかってきて、

 

マユ、カズを迎えに行こうと。

 

私は、すぐに支度し、カズと、サラを迎えに病院まで行きました。

 

カズは、まだ、完全じゃない状態の様子で、サラに肩を支えてもらいながら、病院の出口から出てきました。

 

カズは笑顔でした。

 

思わず、泣いてしまいました。

 

生きてて良かったと、本当に心から思いました。

 

帰りの車は夜中にもかかわらず、冗談や笑いに満ちていました。

 

これが、私たち、家族の兄弟、姉妹の関係なのだと改めて思いました。

 

今でも、サッカーのオーストラリア対日本のゲームを見るたびに、この事を繰り返し思い出します。

 

それ以来、私は、カズにサッカーをしよう、とは言わなくなり、

 

また、カズも、セミプロ選手としてではなく、プロでない人達と楽しんでサッカーをするようになりました。

 

 

サッカーの試合を見るたびに、

 

今でもカズに申し訳なさでいっぱいです。

 

カズがなぜ、日本のサッカーチームに入らず、オーストラリアへ来たのか。

 

それが、分かっていれば、あんな事にはならなかったかも、と今でも思っています。

 

私がもう少し、人の情報を知ろうと、知っていれば、状況は変わっていたかもしれません。

 

でも、私達の兄弟姉妹としての信頼関係はずっと続くと信じていますし、実際続いています。

 

それは、私の第二の故郷の人達で、共に苦難を乗り越えてきたからだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

12/24 X'mas Party 2017

December 4, 2017

1/2
Please reload

最新記事

July 10, 2018